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こころは太陽のように騒がしく燃え、同時に静かに“そこにある”月のようでもある。
by sunday_carpenter カテゴリ
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ひとりの男が日付も変わり夜も深いある時刻に、団地に隣接するある名もない小さな小さな公園の朽ちかけたベンチに何をするでもなく浅く腰掛けいました。その日の正午過ぎには既にと云いましょうか、男の姿形などは当然の如くなく、このペンキの剥げ落ちた見窄らしいベンチの脇で、毎日続けられる行事としてどこそこの何某さんに連れられた雑種犬が用を足していることでしょう。雑種犬の名前は「うどん」と云い、名は体を表すとはこの事か、と皆が思う程の特徴の一切ない素朴で優しい風貌をしています。鳴き声は野太く、1年の間に1、2度有るか無いかではありますが、忘れた頃に発するその轟々と響く低い獣の声で、主であるどこそこの何某さんも些か恐怖を覚えることがあるとのことです。うどんはとても臆病で従順な心持ち、素朴で優しい風貌の犬っころではありますが、所詮、獣は獣。羞恥心なんぞは持ち合わせておりません。お天道様が空高くあり、煌々とその公園を、このベンチを照らす最中にも関わらず、人目も憚らず、用を足すのであります。ただこの駄犬は音楽をこよなく愛し、数ある音楽、その中でも淫靡な調べより壮大でほうほうと続く組曲を好んでおり、これは非常に運が良い事なのですが、どこそこの何某さんがは散財家な上に偏屈垂れ、とても高価なオウディオシィステムをお持ちになっています。さて、これは悲劇以外の何も言い表せないのですが紛れもない真実としてひとつ。この駄犬、主の方針として家の敷居を股がしてはもらえなく、軒先の体が半分しか入らない小さな犬小屋に、いつも窮屈さ感じながら幾重にも折り畳まれた新聞紙のように限り限り体を小さく丸め、主の気紛れで1年の間に1、2度流れるか流れないか、防音材越しに聴こえてくる微かなグリークのペールギュントを楽しみにしているのです。
仕事帰りに地元の駅前のコンビニでハンバーグ弁当を買う。誰かだか何かだかで知った極上シュークリームだったけ、そんなデザートを買う。
続けてコンビニの目の前にある薬局屋さんでシャンプーと洗濯用合成洗剤と乳液を買う。 本当はコンビニでシャンプーと洗剤を買おうとしたんだけど、買い物カゴに入れた後、「おいおい、目の前の薬局で買った方が安いんじゃねーか」と思い付き、陳列棚にそいつらをカゴの中から戻してやった。 家に着き、そのまま取りあえず弁当を電子レンジに放り込み、十何年も使い続けているが未だに慣れないその操作方法に戸惑いながら何とか2分程度のタイマーを仕掛ける。急いで買物袋をその辺に放り投げ小便を済ます。如何せん雑な男なんだと思う。楽しみにしていた筈のシュークリームの存在をすっかり忘れていた。 音楽を聴きながらハンバーグ弁当を平らげ、洗剤やらシャンプーやらに少し潰されたシュークリームを食う。「俺が今まで口にしたシュークリームの中で一番美味いんじゃねーか」と驚きながら食う。美味かった。やるな、セブンイレブン。 身体の調子は昨日とは打って変わり、良い。 朝、仕事へ向かう為に部屋のドアを開け外気に触れた瞬間、「おお、調子良いわ」っていつもそんな風だ。こんな感じで皆の病気も治れば良いな、なんて適当なことを浮かべてみたりもした。 今さっき狭い湯船に浸かって居心地の悪さを感じつつ煙草を吸っていると、いつかどこかで汚れた犬の頭をぐしゃぐちゃに撫でる俺を微笑ましく見つめる君の姿を思い出した。 汚れた犬の頭をぐしゃぐしゃに撫でているのは俺の方じゃなくて君の方が似合っている。 だから、今日の日記のタイトルはそうした。 そろそろ明日の為に眠る事にする。
久しぶりに立派な風邪を引いてしまい、今日は回復に向けて僕の身体の中で戦い続けてくれる白血球を、布団に包まって応援していました。
昔の男に歌詞を書いてくれと、電話での軽い頼まれ事を思い出しなんとなく微熱の脳味噌で言葉を浮かべてみるも、どうも出てくる単語が「青」だとか「空」だとか、「青空」だとか。 相変わらずです。 友達の作った歌に「僕に季節がないのは、僕に終わりがこないから」と云うフレーズがあり、うんうん、分かるぜ、と共感をおぼえた。 季節ってものは俺らが望む望まないとは別に、太陽があって地球が公転と自転を繰り返し続けてりゃ当たり前のように廻るもんで、大好きな沈丁花の香りや金木犀の香りが鼻を刺激し「ああ、そうか。もう春なんだな」「ああ、そうか。もう秋なんだな」と思い、やはりそれを望む望まないとは別で、その周期で毎度、毎度、胸を躍らしてくれる。 春は思い付きであまり好きじゃない桜餅をコンビニで用意し、近所の公園でまだ少し冷たい風にあたりながら、はっぴいえんどの"風をあつめて"なんかを鼻歌で歌う。 夏は亡くなった父親の子供の頃を強く思い描きながら、青白い空が頭上に揺らめく雑木林を抜けてあの古い家へ向かう。蒸し鶏を酢醤油で味をつけ唐辛子で酒の肴に仕上げ、「今日も暑かったなー」と流れる汗をそのままにグラスに注いだビールを一口で飲み干す。 秋は痰絡んだ情けない咳をしながら、妄想に耽る。胸が締め付けられるような音楽を聴きながら布団に包まり、晩飯を食おうか、このまま寝てしまおうか、等と考えたりする。困った事にパソコンのキーボードでそれをかちかちやってしまう。諦め半分、停滞少々。ひと欠片の希望を抱く。 冬は、さて何だっけな。 『僕に季節がこないのは、僕に終わりがこないから』 ひとつを丁寧にすれば、もうひとつが雑になってしまう。 繰り返されるのは季節なんかではなく、風邪を引いて病気と共に妙な考えに蝕まれたり、湯船に熱い湯をはり肩まで浸かったりすることなんじゃないかな。 青空のち夕暮れ。僕に季節がこないのは、僕が終わりを受け入れていないから。
煙草が値上がりした。毎朝、日の出前に目を覚ましている。ガスを使わず生活している。とても暑さの厳しい夏だった。食い物の趣味が変わって、ふと気が付くと三十歳になっている。心地いい音楽を昔よりも探し易くなってと感じている。父親の七回忌に頭上の青天は、なにもかもなくなった父親の何かの形を成していた。雨が続く秋に、さして感情もなく夜に眠る。
どこかで誰かの笑い声が聞こえる、なんて予感がある。 同時にどこかで誰かがハンカチを濡らしながら嗚咽を上げている、なんて予感もある。 キッチンの小窓からは今、外灯の薄明かりが入り込んでいる。 今夜、この街は冷え込むらしい。 君の未来が俺の明日ならば、なんて身勝手な想いがある。 二〇一〇年一〇月二十六日。 全ての明かりが消えた街を小高い丘の上から見下ろし、漆黒の闇に漂う人の憂いを眺めていたい。 雨雲からはちょっとばかしの月明かり。間違いなくそれは君と君を照らし出し、瞬間の閃光で俺の目は潰れるだろう。しかし、俺は一向に構わないんだ。盲人の俺は手探りで丘を下り、全ての希望が明々と温かい光を放つ、その方へ残りの神経を集中させ、向けば良いだけなんだから。 希望だとか温かい光だとか、本当に俺はね、何を考えているのやら。
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